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産直行き

4月30日(月)
産直の野菜準備に行きます。まずは山菜で山の方へ。
こごみ
コゴミが芽を出してました。少しですが収穫します。
この後、行者ニンニクを収穫してハウスへ戻ります。

途中のDさんの畑を通過します。葉タバコの苗の植え付け作業してました。
煙草農家

ハウスに到着しました。
保存ネギ
保存していたネギを取り出して皮をむきます。
残りはわずかになりました。

大きさを揃えたり、gを図ったり、袋に詰めたりして、ようやく道の駅に出発です。
今日の産直、コンテナです。
4月30日産直
行者ニンニクとコゴミを入れました。
下のコンテナです。
4月30日産直2
ネギと、ニラです。ニラは婆様が取って来ました。

苗売り場が外にテントを張って開設されてました。
苗売り場開設
私の行者ニンニクの苗もありました。
これから、どんどん苗が増えていくでしょう。
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岩手町:石神の丘美術館の企画展

4月30日
昨日、道の駅の産直に野菜を出した後に、石神の丘美術館に行って来ました。
「長谷川誠 展」が始まってました。
パンフ長谷川誠展

早速中へ入ります。まだ朝の9時ですから、お客さんはいません。
美術館入口

受付のホールに展示されてる作品です。
美術館2
美術館3

「白い森の足跡」
と、云うタイトルですね。

長谷川氏は、白を素材にして色を使わない、筆も使わないで、
独特の世界を表現しているそうです。

画材に石膏を塗り、削るのだとか。それで遠近とかを出すのだから
芸術へのアイデアは凄いものだと思いますね。

展示場の中に入りますと、
この白をベースにした作品に囲まれて、音楽が聴けるんですね。

サウンドデザイナーが、作品をイメージしたメロディを作ったのだそうです。
エロクトロニカミュージックとか云ってました。

作品の白い森を見ながら音楽を聴くと、その世界に引き込まれて行く。
芸術も色々な面と言うか角度のコラボレーションがあるんですね。
展示場内
ヘッドホーンをつけるのは、実に久しぶりで、気恥ずかしいんですが。
早い時間でお客がいなかったもんで、最近の芸術の鑑賞の仕方って云うもんを
楽しむ事が出来たですね。

6月上旬頃までの展示なそうです。
屋外美術館も花も咲く季節になりますし、合わせてこの白い世界と音楽を
楽しめば、きっと心豊かになるでしょう。





今日の産直

4月29日(日)
産直の品を求めて、奥の小屋に行きます。
熊原道です。山林内の葉ワサビ畑です。
葉ワサビ植生地
まだ、花が少ししか咲いてないですね。
この葉ワサビは、岩泉町のMさんから苗を購入して、もう10年近くなりますか。

一時植えた場所とか管理が悪くて、絶滅に近い状態だったんですが、
ここまで回復しました。もう少し増やしたとは思っています。

隣にあるのはト草です。
ト草
この辺は、ト草が多く生えているんです。
ト草のある所には、金鉱脈があるのだと、ある人が言ってました。
そのうち、犬を連れて来て掘らせようかなと思ってます。

これは、シカの糞ですね。
シカの糞
この辺に、良く出てきてるんですよね。
2匹位でいると、怖くなります。

行者ニンニク植生地です。
行者ニンニク植生地
ここは、植えて約10年位ですか。密生してきましたね。
別な場所に移動します。
土砂崩れ
行者ニンニクを植えていた所に土砂が崩れてしまいました。
この土砂をどかすと云ったってねえ。
全く。困りものです。まだ他にもあるんですよ。
と、言う事で今日の品出しは、これです。
今日の品
保存ネギ、土付きねぎ、行者ニンニクです。

店内を回ります。
山菜が出てきてますね。ウルイですね。
ウルイ
Tさん、寒かった冬しっかりと、作りましたね。
私も、実験的に栽培しましたけども失敗しました。
低温に意外に弱いんですけね。
ウルイは野菜になったと言う人もいるくらい春の常備品ですね。

クレソンですか。
クレソン
クレソン、私の所の沢にはまだ、全くありませんけど。

コゴミですね。
こごみ
いい形してますね。

ほどいもですね。
ほどいも
いい色してますね。これ欲しくてわざわざ来る人もいるんですよ。
煮るとほくほくするとか。

店内の風景、日曜、連休なのでお客さんの数も多いようです。

お客さん
天気もいいし、行楽日和、行きも帰りも寄ってくださいね。


盛岡材木町よ市

4月28日(土)の午後は、盛岡のよ市へ行きました。
朝から準備で忙しくなります。
午後1時半に出発して2時半過ぎに到着します。
夕顔瀬橋に到着しました。
夕顔瀬橋
桜が満開になっていました。

さて、準備です。
場内アナンスも始まりを伝えます。
準備
いい天気、動くと汗ばむくらいの陽気になりました。
営業開始
「えー、いらっしゃい」
連休初日ですからね、大勢のお客さんです。
向かい側のかまぼこ屋さんです。
かまぼこ屋
よ市は、食いもの屋さんが結構多いんですよね。
他にも、田楽、だんご、まんじゅう、パン、餃子など盛り沢山なので
いい匂いがすると、腹が鳴る時があるんですよ。

今日は、天気がいいから、アイスクリームを食べながら歩く
人もいましたね。

私は、山菜ものをようやく出せるようになりました。
「行者ニンニク」「葉ワサビ」が本日のメインでした。

次週もよろしくお願いします。

祭りのにぎわい:ダッコちゃん

ダッコちゃん
昭和26年生まれ

昭和30年代の半ばころだったと思いますが、
お祭りで、だっこちゃん人形が大流行りの時があったです。

何となく可愛い。抱きつく格好が愛らしい。

出会う人出会う人、皆腕にだっこちゃんを載せているというか
抱きつけているんですね。

何て云うか、流行りだすと、止まらないというか
我もそうしなくてはいけないという気分になってしまうんでしょうかね。

それを、持ったら得意になる。
「ほら、オレも持ってるぞ」
と、言うような気分ですね。

我が家にもあったような無かったような。

今流行ってるのは、何でしょうかね。
抱きつく、巻きつく、からみつく、すがりつく。

このような物で何かヒントになりませんすか。

彫刻のある町

彫刻のある町:岩手町
今回は、沼宮内駅の建物プラザアイにある彫刻です。
プラザアイの彫刻
確か3階にありました。
気が付く人は気が付く。

何ですかね。大きな硯のような形になっていて
中に大小の球が、それも色違いで。

これを見て物思いにふけるとすると、
一体何を考えるんでしょうか。

近くに寄ってみて下さい。
きっと、別な世界が見えてくる事でしょう。

産直道の駅:石神の丘へ

4月27日(金)
産直へ品出しです。
4月27日 産直
ネギです。これ保存したもので柔らかいんですよ。
4月27日産直 2
行者ニンニクです。他の人も出てきてました。

店内巡りです。草花ですね。
おきな草
オキナ草ですか。最近珍しくなったですね。
しどけの苗です。
しどけ
早いですね。もうこんなに大きくなってるんですね。
行者ニンニクの苗です。
行者ニンニク
これは、私のです。他にも何人か出してました。
暖かくなって賑やかになって来ましたね。

Hさん、70歳に会いました。
「トコロがあって良かった」と、言って3個ばかりカゴに入れてました。
ついでに私のネギも入れてました。
ありがとうございます。

ベコ(ウシ)のセリ市行きの出来事

牛のセリの出来事
昭和26年生まれ

4歳当時だから、昭和30年頃だったろう。
ベコをセリ市に出す日の事だった。

ベコと、親父と一緒に道のりを行くわけだが、
私が先頭を歩いたいたら、途中でベコガ角を押しつけて
ヒョイと持ち上げた。
私は、一瞬宙に浮き、あぜ道から転げ落ちた。

ベコの歩くのも遅いが、それよりもさらに幼い私の方が
遅くて、ベコがイライラしていたのだろう。

親父もびっくりしたようだが、ベコは何事もなかったように
その場でジッとしていた。

「トロトロ、歩いてんじゃないよ」
と、言ってたかどうか。

そのあとは、後ろに周り、ヒョコヒョコ付いて行った
ベコはセリにかけられて売られて行った。

帰りは、ベコなしの歩きでさみしかったものだ。
小屋に行くと、いつもいるベコガいないんだものな。

今でも、ベコを飼ってる家が数件残っている。

昨日、Dさんの家では、ベコの子っこが生まれたそうだ。

「若い母牛の初産で大変だったよ、中々出なくてな。
みんねで、引っ張り出したよ」

こんな話を聞くと、懐かしくてつい寄ってみたくなりますね。


友達はベコ(ウシ)

ベコの子っこ
昭和26年生まれ

山の奥で暮らしていた時は、ベコを飼っていたですね。
親は畑とか山とかに行ってるわけで、ベコが唯一の友達と言うか
行き場所だったですね。

草を取っては、食わせる。
ベコガ寄って来て、草をむしゃむしゃ食うと
楽しいわけですよ。だから、何回も草を取っちゃ行くんですね。

大きい親ベコは怖かったですよ。草なんかももぎ取ろうするからね。
何か、ナメラレテいると云う感じだったですね。


産直に山菜:行者ニンニク

4月26日(木)
今日の産直品出しは、行者ニンニクです。
4月26日産直
山菜の初出しです。料は少ないですけども。
これを食って精をつけるんですよね。

行者が食うというくらいですから。
この地域では「人べろ」と言ってたようです。
それから、「アイヌネギで」すね。

最近は色々な料理の仕方があるようですね。
まずは、山菜の味を楽しみましょう。

道の駅の店内を紹介します。

工房とか工作のグループがあるんですよね。
花ちゃ花ちゃ工房です。
かちゃかちゃ工房
このグループは、沼宮内公民館で時折一緒になります。
作品です。
作品 1

作品 2
見事なものです。

次は「おっほ」です。
おっほ小学校
「おっほ」って知ってますか。森にいる「ふくろう」の事です。

「イーナトーブ」というのも面白いですね。
東部地域をうまくモジッテます。宮沢賢治もきっと苦笑いしてるでしょう。

作品です。
おっほ 作品1

おっほ作品 2

おっほ作品 3
色んな「おっほ」を楽しめます。
こんな作品もありました。
おっほ作品 4
入れ物ですか。財布?、小銭入れ?風情があっていいかもしれないですね。

野菜を作りながら、色々な作品を考えてるんでしょう。
別な作業をしている時って、案外いい案が浮かぶんですよね。
ただ、家に帰った時は忘れてしまって、あれ、何だっけな。なんてね。




開墾地での生活

山奥での生活
昭和26年生まれ

思い出しながらの記憶の引き出しです。
山間の中に、小さな家がありました。

引き戸を開けると、靴脱ぎ場あって、ストーブがあった。
広さは8畳位でした。隣に2部屋があり、物置きと寝床でした。

灯りはランプで、2~3個位は会ったような気がします。
エンツコ(嬰児庫:※このような字で良かったかどうか)があり、
妹が入れられていました。
その前は、私が入っていたとは思いますけども。

狭くて、板塀で新聞紙が貼ってあって、
冬は雪が吹き込んで来ましたね。

この小屋みたいな家は、戦中に建てられてそうです。
松の木から松の油を取ったそうですね。

その松を切りだす際の、事務所だったとか。
戦後、熊原さんと言う人が、入ったそうですが、
ブラジルに行き、そのあと私たち親子が入ったのです。

北海道で勤務した時に、明治の開拓当時の生活などの
本を読んだ時に、私の生い立ちと変わらないな、
などと思ったものです。


林の中の山菜

畑を奥の林の中へ行きます。

熊原道と命名しているんですよ。
私らの前は、熊原さんと言う方が開拓で入ってたらしいです。
ブラジルに行ったと聞いてます。忘れないようと思います。
ありました。葉ワサビです。
葉ワサビ
もう少し伸びるといいですね。週末には収穫できるかもしれませんね。
行者ニンニクです。
行者ニンニク
もう、収穫できますね。明日から産直へだします。

もう少し熊原道を行くと、咲いてたんですよ。
カタクリの花
カタクリの花ですね。
幼いころは群生してました。今は私がひっそり楽しむだけです。

他にもありますが、順次紹介していきましょう。

産直道の駅へ

4月25日(水)
今日もネギです。
4月25日産直
袋にも入れました。これって入れるの面倒なんですよ。

店内を巡ると、ありますね。これ。
シイタケ、ナメコのほだ木売りです。
ほだ木椎茸
植菌済みでこの値段は、お得ですね。
今は、それにほだ木が無いと言われてますから。

川沿いの訪問者

川沿いの訪問者
4月25日(水)

本格的に農作業の準備が始まりました。
すぐ側を流れているのが大坊川です。

畑の作業をしていると、川沿いを上から下から通るのが
釣り人達。

世を楽しむ人の多い事。
川と、岩魚に感謝しなくてはいけないですね。

この前の年輩の方は、釣るのが楽しみでと云う事で
魚を全部くれて行きました。

もちろんその夜は、テンプラでいただきました。
何せ、こっちは側に川があるけれど、釣り糸を垂らす暇がないですからね。

気分的には、おすそ分けする釣り人の訪問を歓迎します。

童話:欠食児童の鼓笛隊

欠食児童の鼓笛隊
欠食児童の鼓笛隊

山の中に小さな広場が残ってる。
ここに、かつて生徒数40人余りの小中学校があったんだ。
街から遠く離れたこの地域では、炭焼きをする人たちが沢山いたんだ。

あっちの山、こっちの山からも炭を焼く煙が上がるんだ。
ワラス達が山道を登ったり下ったりして学校さ来るのさ。
だけども、何処の家も暮らしは楽じゃなかったのさ。

弁当持ってこない子もいたものさ。
昼時になると、沢水を飲んだり、木の実があれば
そこまで、走って行って登って食ったものさ。

ある日、国の機関の人達が僻地の視察に来た。
東京でオリンピックが開かれるって時にまだ電気も何もないのさ。

役人のある人が、貧しい地域への予算の配当とかを訴えたけども、
「そんな所に回す金などない」
と、耳を貸さなかったとさ。

それで、職場の人とかに寄付を募り、集まったお金で楽器を買って送ってくれたのさ。
学校に楽器が届いた時は、びっくりしてな。
初めて見る楽器だもの。ワラス達生徒は大喜びしたのさ。

困ったのは、先生よ。校長先生以下5人の先生達がいたけども、
音楽を教えれる人がいなかったのさ。

「先生、これ笛吹いていい」
「これ、叩いていいか」
と、言われても分からなかったのさ。

先生たちは、子供等の喜ぶ姿を見て音楽を覚えよう、一緒に楽器を吹こうと、
ピアノを買ってきたとさ。
お互いが弾きあい、そして休みには街へ出かけ他の学校の先生から教えて貰ったのさ。

課業後、誰かがピアノを弾くと側に寄って、笛を吹き、太鼓を叩いた。
そして、生徒を交えて練習を始めたのさ。

間違えたけども。皆喜んでな。遅くなっても、休みでも来たんだとよ。
だってな、この山には遊び道具はないんだもの。
腹減っても、いい音が出たり、間違わずに吹けたら面白いんだもの。

1年生の小っちゃな子もな、上手になったのさ。
吹ける曲の数も増えて、山の中に曲が響くようになった。
炭焼きをやってる親たちも、手を休めて聞いたんだってさ。

学校の鼓笛隊の演奏は、町にも伝わり、東京オリンピックの時は
聖火リレーーの前に高校生、中学生のブラスバンドに交じって立派に行進して演奏した。

山奥の学校の子等が、笛や太鼓を持って街中を立派に行進をする姿に沿道の人達は驚いたそうだ。
そして、昭和40年になって、ようやく電気が通った。

この頃にはもう、中学生になると、作曲もできるようになっていたそうだ。
学校の行進曲ができた。

「炭焼き、父ちゃん」
父ちゃん炭焼き、まっ黒け
そのうえ無精で、ひげもじゃら
だけど、お目ん目は笑っている
オイラは山の子、穀蔵の子

「電気がついた」
電気がついた
パットついた
やっぱり電気は明るいな
ワッハハハ ワッハ ワーイワイ

小さな学校の小さな校庭に、生徒が並ぶ。
腹を減らし、ツギハギの服から伸びる手を動かし演奏する。

レパートリーも随分と増えた。
「太平洋行進曲」「こんにちは赤ちゃん」「トルコ行進曲」
「エリーゼのために」
そして、穀蔵子供行進曲である。

廃校になり、消えた学校。
炭焼きの煙もない。人もいなくなった。

空を見上げれば、当時と変わらぬ浮かぶ雲。
耳を澄ませばきっと聞こえてくるだろう、子供らの演奏が。







畑のタコ入道;ヘスマって何

稗島
昭和26年生まれ

昭和30年代の半ばまでは畑に「へすま」を良く見ることが出来た。
詳しくは稗島と云うらしい。なまったのかどうか、オラ達は「へすま」と、
言っていた。

畑が開田され、作物が葉タバコに変わり、稗を植える人がいなくなって、
ヘスマの姿も見なくなってしまった。

ある時、都会へ就職して久しぶりに帰った人が
「オジサン、あのヘスマは何?」
と、聞いたそうだ。
それを聞いた農家の親父さんが、
「ヘスマはヘスマだべや」
と答えたと言う。

都会帰りが田舎の風景を、からかおうとしたが、
つい、地が出てしまったと云う笑い話である。




祭りのなごみは金魚すくい

金魚すくい
昭和26年生まれ

祭りで安心して近寄れて楽しめるのが金魚すくいだったですね。
子供、家族連れが大勢取り巻き数か所で同時にすくっていた。

あの、薄く丸い紙を(名前は忘れた)破れないように、金魚を追い
上に上がった所をタイミング良くすくうのである。

大半は、一匹で、紙が破れてしまうのだった。
上手な人は10匹近くをカップに入れて、半分破れているのに
すくうのである。
その技に見とれたものである。

反対に取れなかった人には一匹、袋に入れてくれたものだ。
金魚を入れた袋をっ持った人が大勢いたね。

持ち帰ってからが又大変だった。洗面器を用意したり、
ガラスの瓶を捜したりで賑やかだった。

祭りの余韻をしばらく楽しめたわけだが、
雪が降る頃には、餌も、水も替えないようになったり、
猫に食われてしまったりしたものですね。

そして、一年たって祭りが来て金魚すくいを見ると
燃えるのでした。




入所(社)式は学生服で

入所(社)式は学生服で
昭和26年生まれ

昭和45年春、私は高校を卒業し、地元の農協に就職した。

働くのは4月に入ってからだろうと、所用で留守にしていたら
3月の半ば頃に、入所式の案内が来ており、そしてそれは翌日だったのだ。

何の準備もしておらず、止むをえず学校の通学と
全く同じように学生服で出かけた。

農協に行くと、新採用の職員が集まっていた。
技術系、事務系、など約10名ばかりであった。

皆、背広を着込みパリッとしていたが、
ただ一人、学生服を着た場違いの者がいたのである。

誰もが
「あれ!」
と、云う顔をして見た。

私は、注目された。
入所式の最初から最後まで絶えず誰かの視線を受けていた。

その日から課に配属になり職務を遂行することになったのである。
学生服を着て机に座るのは、やはり落ち着かなかった。

帰りに服屋で作業着みたいな物を買って、翌日からはそれを着て
仕事をした。

農協は、背広でなくても特に違和感はなかったので助かった。
仕事をしていると、洋服の行商屋が来て、背広の購入を進め、
月賦で注文をして、1ッカ月後位にようやく背広を着て仕事をするようになった。

時折、支所とかに顔を出すと、大概の人は、名前を覚えていた。

学生服の新人と云う事で、同期入所の仲間達からも大いに好かれたものだ。

残念なことは、ただそれだけの人物だったと云う事である。






畑の整理

ようやく、畑の整理ができるようになりました。
マルチ片付け
片付けてなかった、ビニールマルチをとります。
石拾い
終わったら、出てきた石を拾います。
毎年良く出てくるんですよね。

米糠を散布します。
米ぬか散布
この畑は、借地です。

次にトラクターで耕運です。
トラクター耕運
何とか作業を終えましたが、気温が下がって手が
かじかんで来ました。

産直:道の駅石神の丘へ

4月22日(日)
遅くなりましたけども、産直へ野菜を持っていきます。
4月22日産直
ちぢみ菜と、ネギです。
このネギは、冬に保存していたもので
柔らかくておいしいです。

店内を巡って見ます。
葉ワサビ
葉ワサビですね。早いな。もうこんなに育てるんですね。
私も明日山に行って見てこようかな。
これは、湯にさっと通して、醤油かタレで行けるんですよね。
その独特の辛味が、舌に残って酒と話が進むわけですよね。

行者ニンニクの苗ですね。
行者にんにく 苗
Eさん、良く育ってますね。うらやましい。

山野草の花ですね。
トキ草
トキ草ですか。これは、その姿がトキに似ているのだとか。
山野草ファンなら、欲しいものですよね。


盛岡材木町のよ市

4月21日(土)は材木町のよ市へ
21日よ市
気温も上がって人でも多かったです。
相棒の機嫌も良かったですね。
まだ、物が少ないですが、苗も準備しました。
21日 よ市2
キャベツ、ブロッコリーの苗に、
行者ニンニクと、ハーブのミントの苗です。

他に、EM関連として、ボカシと手作り石鹸。
コスモグリーンに牛フン堆肥等です。

ラジオのリスナーの方の訪問も数名ありました。
ありがとうございました。

祭りの光景:傷痍軍人

祭りの風景、傷痍軍人
昭和26年生まれ

昭和の30年代中頃までですか、祭りの時に
傷痍軍人の姿がありました。

戦後、10年以上経過していたわけですが、戦争を
子供ながら感じる事ができましたね。

手がない、足がない姿が焼きつき、
御苦労様ですとか、何とか力強く生きてくださいとか
思うわけですね。

いつの間にか、その姿を見なくなって、
完全に戦争を知らない世代になったのでしょう。

ぽかぽか静走ドライブ

ラクーターで散歩
ぽかぽか静走ドライブ

60代から70代は、自分の足で散歩してます。
80代になると、ラクーターのマイカーを持つんですね。

春も陽気が良くなると、出没するんですよ。

音もなく静かに近づいてきます。
知らないうちに、後ろに来て声をかけられたりすると
びっくりします。

この世に生きてる間は、楽しまないとですね。





岩手町環境サークル:総会

岩手町環境サークル

毎月第3金曜日は、環境サークルの活動日です。
今日は夕方からで、まずEM石鹸作りです。
EM石鹸作り
とにかく熱心なんですよね、みなさん。

終わった後は、年度の総会です。
環境サークル総会
創立して5年になるサークル、今年度の目標は何でしょうか。

石鹸作りに、中学校のプール清掃、EMを使っての野菜作り、
色々話が弾みます。

岩手町は、北上川の最上流の町ですから、環境について考えたり
取り組むサークルがあると云うことは、素晴らしい事だと
私は思っています。


行者ニンニクが芽を出した

4月20日(金)
ようやく、日中の気温が上がってきました。
畑に植えた山菜「行者ニンニク」が芽を出してました。
芽を出した行者ニンニク
この味は、最高級品ですよね。
収穫はもうすぐです。

カライモ掘り。
キクイモ掘り
別名キクイモです。
小ぶりでした。

別なところですが、鳥が近づいてきました。
キジか
キジのオスですか。これ。
最近、良く分からなくなってます。

キジは、桃太郎のお伴の一員ですよね。
泣き声も独特です。

どうして、ああいう声で鳴くんでしょうかね。

子供の時は、良く追いかけたものです。
もうすぐ押さえられと云う時に、飛んであっという間に
間隔を離すんですよね。

それで、罠とかを考えるわけですけども。
しかし、実際に捕まえた事はありません。

農作業の合間、挨拶とか会話はありませんが、
余計な事を考えたりします。



登校の楽しみ

小鳥の巣
昭和26年生まれ

昭和30年代は、道路も舗装されていなかったですね。
馬車道に毛が生えたようなもので、馬の糞も落ちてました。

学校へ行く道の両側は、藪が多かったです。

その藪の中に鳥の巣があるんですね。
登校途中、藪を覗いて巣を見つけて、
卵が入ってたりすると喜んだものです。

数歳上の人達が、色々な卵を持ち歩いたり、
食ったような話をしていたのを、一緒に遊んだり
くっついて歩いて覚えたものです。

騒がしい小鳥にモズがあって、
教室でうるさい子にはモズというアダ名がついたものです。

アートロードだよ

岩手町は、彫刻のある町

今回は、アートロードを紹介しましょう。
沼宮内駅から、石神の丘美術館までの道のりに
動物の彫刻があるんですね。
駅の建物プラザアイの入口付近です。
犬 シナモン
映画出演した犬のシナモンです。
おそらく、此処が出発点でしょう。

次に、宝来橋バス停付近です。
アートロード 日本カモシカ
日本カモシカです。
これは、実に良く出来ていますね。
立ち上がって走って行くんじゃないかと思うほどです。

次に、アイタイ橋を渡ると目につくのがこれです。
アートロード 6
ここに、数種の動物がいるんですよ。
雪が溶けたら近づいて見てください。
アートロード 2
アートロード 3
アートロード 4
アートロード 5
みんな、この辺に生息する動物らしいです。

次に、坂を登って、石神美術館入口で迎えるのがこれです。
アートロード 7
ウサギですね。
実に可愛らしく座っているんですね。

野ウサギだったら、特等席ですね。
私ももそこに座ってみたいような気分になりますね。

以上です。
アートロード、間違っていたら、ごめんなさいです。
詳しくは、観光ボランテアガイドに訪ねてください。



北上川を守る:岩手日報の記事から

北上川を守る
4月19日(木):岩手日報の記事より。

岩手町の水掘小学校は、北上川の源泉の地にあります。
その生徒たちが川を守る活動をしています。

素晴らしいですね。

親父の背中

親父の背中
親父の背中

小学生の3・4年頃の思い出です。

前の晩、親父が、
「明日の朝、キノコ取りに行くけども一緒に行くか」
と、言った。

それに、
「うん、行く」
と答えてしまったのである。

朝早くに起されて、出発する。
親父は自分のペースで歩き、早くてついていけない。

山道に入っても、親父の速度は落ちない。
もう、子供の私は親父の背中を必死に追う形となった。

山道は、さらに登り坂になるし、
「行く」
と、言わなければ良かった。
などと、頭の中はそれで、一杯だった。

すると、ある所で親父が立ち止まっていた。
蛇と蛙
近づくと、蛇が蛙を呑みこんでいた。
親父が、近づいて棒を前に出すと、
蛇が蛙を吐きだした。

蛙は、唾液みたいな汁を被って動けずにそのままの
状態だった。
蛇は、不満そうに道路をするするっと外れて行った。

親父はへたばってる、蛙を見ながら再び歩きだした。

結局、キノコ取りは、親父の歩きについて行くだけで
疲れて帰ってきた。

ただ、今でも思うのだ。
あの蛙は、どうなったのだろうと。

山ぶどうの剪定

山ブドウを植えて5年目になります。
山葡萄
かなり遅れての剪定になりました。
山葡萄の剪定
切った枝から、汁が垂れて来ました。
大丈夫んですかね。一寸不安です。
花が咲いて、実がなりますように。

途中でこんなものがありました。
ウサギの糞
ウサギの糞ですね。

次にブルーベリーの剪定をします。
ブルーベリー
ブルーベリーも、5年目になります。
まだ、樹は小さいです。
いやー、途中で疲れてしまって、
半分ほどで作業を終了しました。

Appendix

プロフィール

大坊峠のツッチー

Author:大坊峠のツッチー
岩手県は北緯40°に位置する岩手町から地域の情報を発信します。山里で農業を営み、昭和26年生まれの人生と、方言による創作小話・童話を綴ります。尚、作品は著作権とし、無断使用はお断りします。

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