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コケコッコー

鶏
コケコッコ

田舎暮らしは自給自足をしなくてはいけない。
オラは、伯父さんから鶏のヒヨコを貰って来た。

5匹だ。
ピヨピヨと泣いている。
可愛いもんだ。

早速、鶏小屋を作る。
小屋の中を、小さなヒヨコたちは
元気に動いている。

次の日朝、1匹足りない。
どうしたんだろうと、周囲を見ると、
ヒヨコの毛が落ちている。

イタチにでもやられたのだろう。
地面に穴が掘られていた。

山の側にあるから、獣たちに狙われる。
急いで補修にかかった。
網を二重にし、周囲も穴を掘られないように
土納を積んだ。

これで、安心だ。
ヒヨコに餌を与える。
「早く大きくなって、卵を生んでくれよ」
と、声をかける。

やがて、ピヨピヨの鳴き声から
「コーッコー」
に変わった。

半年ほど経った。
体も随分と大きくなって、羽も大きくなった。
トサカも出てきた。

小屋の外に出すと、アッチコッチと動き回って、
糞をして歩く。
もうすぐ、卵を生むんだと思うと、
気にならない。

伯父さんがやってきた。
「ありゃ、これは全部オスだじゃ」
「えーっ、オスだって」

何としたことか、随分と餌を与えて、育てたのに。
どうするか迷ったが、肉を御馳走になるしかない。

鶏を捕まえようとする。
逃げる逃げる。羽があるから、飛び上がって逃げる。
どうやら、オラの殺気が分かるようだ。

捕まえる作戦を練る。
素手では無理だ。
棒の先に針金で輪を作り、それに鶏の頭を入れるのだ。

ようやく一匹捕まえた。
足を縛り、羽を縛り、台の上に首を載せて、
斧を振り上げて一撃で降ろす。

ところが外れた。鶏の目がムいている。
慌ててもう一度斧を振り上げて落とした。

今度は、首が切れて離れた。
瞬間、羽を縛っていた紐が取れて、バタバタと広げ宙に舞った。
慌てて追いかける。

10メートルほどの所に落ち、羽がピクピクし、
やがて、動かなくなった。
拾い上げて、逆さまにして血抜きをする。

次に毛むきである。なかなかむけない。
湯に入れるといいというので、湯に突っ込んでみた。

今度は、良くむけた。
鶏肉の出来上がりである。

夜は鶏肉の御馳走になった。
しかし、思うほどおいしくはない。

首のない鶏が飛んでいく姿が浮かんでくる。

残りの2匹は、捕まえて同じように処分をしたが、
土に埋めた。

もう一匹は、山に逃げたので追わなかった。
次の日の朝、山の中腹から
「コケッコッコー」
と、何度も泣く声がした。

ああ、あそこにいるんだなと、
その方向を見上げた。

三日目の朝には声が聞こえなくなった。
獣にやられてしまったのだろう。

卵のおかずは消えた。
肉も結局は、食えなかった。
田舎暮らしの自給自足の生活も厳しいものである。









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歯医者の話好き

歯医者は話好き
歯医者の話好き

同級生のM氏は歯科医である。
歯が傷むと、彼のお世話になるのだ。

懐かしいので、色々話しかけてくるのだが、
治療中で、口を開けた状態のオラは
喉の奥から、
訳の分からない言葉を発することになる。

終わった後に言われる。
「相変わらず、大人しいな」

彼の、小学生の頃は活発で走り回っていた。
オラは、それを眺めていたのだ。

それにしても、口を開けた状態では
何ともな。

歳月が過ぎても、変わらない同級生です。
この前、高級なるお酒を頂きました。

ありがとうございます。
おかげで、歯の痛みはありません。

親父の酒の肴はクジラの肉

親父の酒
親父の酒の肴はクジラの肉

親父も、若い頃は
家で酒を飲む事があった。

それは、行商の魚屋が、「クジラの肉」を
持って来た時などだった。

クジラの肉は、大きな塊で氷付けだった。
それを、適当な大きさに切って買うのだ。

「どうだ、食うかい」
などと、言われると喜んで傍によって箸を
伸ばしたものである。

肉から細長い虫が出たりした。
親父は、別に気にもせず、取り除いて食っていたものだ。

クジラの肉以外のおかずは、豆腐だったな。
これがあれば、機嫌良く飲んでいた。

テレビもラジオも無い時代である。

昭和26年生まれ:バスに乗る

バス
大坊峠の、昭和30年頃は、
葛巻行き、岩泉行き、大渡行きなどが走っていましたね。

鼻のあるバスに大勢の人が乗っていたな。
雨の降る日などに、バスに乗ろうとすると、満員で
乗れなかったり、ぎゅうぎゅう詰めだったりしたものです。

車掌の姉ちゃんが、切符の入ったカバンを下げて
回ってましたね。

道路事情が悪かったもんで、トラックとすれ違うときとか、
ぬかるみに入ったときとかは、
すばやく降りて、笛を吹いて運転手を誘導してました。

魅力的に感じたものです。

今も久慈路線と、大渡行きのバスが何本か走っていますが
客はほとんど乗ってないです。
みんなが車を持つ時代ですからね。

活躍する岩手町のホッケー選手

岩手日報の記事から
新聞記事
ホッケーの盛んな岩手町、
一方井出身の田中さん、ロンドンオリンピックの
代表選手目指して頑張ってます。

石神の丘美術館の展示室へ行きました

産直の帰りに、石神の丘の美術館に寄りました。
隣にあるので便利です。
今、展示室やってるイベントです。
石神の丘美術館のパンフレット
昔懐かしい
沼宮内駅の風景写真、
蒸気機関車などは、奥中山峠を越えるために、
この駅で、三重連に連結して登って行ったんですよね。
昭和30年頃の、集団就職の見送りの写真などもありました。
記憶にあります。
私も伯父さんを見送りました。
他に、「玉菜」(キャベツ)の貨車積載もありました。

一杯並んでるのは、町内から発掘された
遺跡ですね。
展示
展示2
縄文時代ですか。何期になるんですかね。
この時代は、相当な長い期間だったですよね。

石器もあります。
混合してたとは思いますが、もしかして
祖先かもしれません。

これで、お茶を飲んだりして、楽しんでいたのだ
と思うと、親しみが湧いてきますよ。

形なんかは、今と変わらないですよね。
君臨する、長が使ったものなのか
貴婦人が使ったものなのか。

4月半ばまでの展示で無料です。

岩手町産直:道の駅へ

今日も、大根菜です。
ここに並べさせてもらいますよ。
野菜
バーコードを貼り付けます。
バーコード貼り付け
これでOKです。あとは、店内に持っていきます。

今日の珍しいのは何ですか。
お、ねこやなぎが、出ています。
ねこやなぎ
もう、随分と大きくなってますね。
一寸、アップで撮ってみます。
アップ
これを見ると、春が来てるなと思いますよね。

ああ結婚

ああ結婚
ああ結婚

村の正男は、隣の花子と結婚することになっていたのでがんす。
式もあと、わずかになってきて、正男の親父は、
準備をしてらったのさ。

用を足した帰りに、花子の家に立ち寄って
挨拶をしたのでがんんすよ。

「いい天気でがんすなや、どうでがんすべな
花子の支度の方は」

花子の親父が出てきて、
「どうも、はあ・・そんでがんすな・・」

と、気のねえ返事をするのでがんした。

「何だよ、目出度い話に浮かねツラすて」

花子の親父のトモ蔵は、
「定吉よ、実はな・・花子がな、嫁に行きたくねって言うのよ」
「えーっ、花子が、な、何すてだ」

「いや、何だかよ、他に男がいるようでよ」
「じゃじゃじゃ、何、語ってるのよ・・いまさら」

「何べんも、言って聞かせたのさ。ふでもな、泣いて
どうにもならねのさ」
「男が居たってか、バカ話すばさねでけろ、もう皆さ案内だしてるじゃ」

「申し訳ねえ・・それでな、花子はあきらめてけろ」
「うーん、困ったなや」

「その代り、フズコをけるから」
「富士子・・下の妹か・・ありゃ、まだオボコだべ」

「ふでも、学校は終わってるから、大丈夫だ
フズコならオラの言うことも聞くから・・・な、頼むこの通りだ」

そう云うわけで、正男の嫁っこは、
花子から富士子になったのでがんすよ。

結婚式の祝いが始まりますた。

「えーっそれでは、仲人のタツ吉さん、挨拶をお願いします」

「ああ、本日は、誠にめでたい事で当家の正男と
隣の花子が結婚式を挙げることとなりまし・・・なんだよ」

「タツ吉さん、花子でねくて富士子だよ」
「富士子・・」

「さっき、言ったべな、もう」
「ふんだってよ、花子って書いて覚えてきたんだものさ、
急に言われても、分からねべよ、ツラだって、角隠しで見えねえし」

「そのう、何だな、花子ではなくて富士子が嫁になる事に
えーっ、なったそうで、まあ目出度いことで・・・」

挨拶もしどろもどろになって、集まった人も驚いたとよ。

「ありゃ、花子でねくて、富士子だってか」
「何すて又なや」

てなことで正男と富士子は、夫婦になったのでござんすよ。

富士子はオボコだったけども、すぐに成長してな、

「マサーっ、何やってる。早くこれ片付けろ」
「ほれ、ネマってねで、燃やす薪、持ってきてけろ」

てな、立派なカカ様になったどよ。



昭和26年生まれ:馬車に取りつく

馬車に取りつく
馬車に取りつく

昭和の30年代は、馬車が行ききしていた。
特に、学校の行き帰りに馬車がいたりすると
走って行って、取りついたものだ。

馬匹のオジサンがいたけども、
大半は、そんな子供を、無視して
叱るような事はなかった。

子供も、取りすがっても力が尽きて
転がったものである。

昭和26年生まれの遊び:水晶取り

水晶取り
昭和26年生まれ:水晶取り

小学校の5~6年頃であろうか、(昭和37年頃か)
水晶を取りに行った。

当時は、山肌に露出した岩場が数か所あったのだ。
そこをよじ登りながら、水晶を捜すのである。

見つけて、学校へ持っていくと
得意になれたものである。
中には割に大きなものを、手にする人もいた。

どこそこで見つけたというと、学校の帰りは
そこへ行って、よじ登ったものだ。

今でいう、ロッククライミングみたいなものだ。
落ちると、危険であるが、結構平気なものだった。

あの辺にありそうだ、などと上に登っていくのである。
降りるときが、怖かったな。

そのような岩場も、コンクリを吹き付けたりして
塞ぎ、無くなっている。

いまどき、そんな事をする子供はいないだろうけど。

バックホーの履帯が外れた

春も、もうすぐだ。
除雪でバックホーを動かすぞ。
さあ、仕事するか
所がだ。
久しぶりの運転で、履帯がゆるんでたんだな。
外れてしまったよ。
履帯1
参ったな
とりあえず何とかしなくちゃ。
履帯2
これでいくかな。
履帯4
なんだか、だんだん悪くなってきた。
履帯3
ありゃ、りゃ。前も外れたじゃ。

お手上げ。
仕方なく、業者のプロに頼みました。
バックホー履帯取り付け完了
はい、完了。
「運転前に、ちゃんと点検するように、
斜面は滑るんで、注意するように」

どうも、ありがとうございました。

作業にならなかった上に、出張作業の依頼で
随分高くつきました。
トホホです。




岩手町は彫刻のある町

今回は、この彫刻です。
彫刻2
女人像ですが、顔の部分はありません。
使ってる石は、堅そうですよね。
その中で女人の柔らかい曲線美
を出してるのかな、などと、素人目で見てます。
こういうのは、色んな角度で見るのが
いいですよね。
彫刻その1
彫刻3
作者は、どのような女性をモデルに
したんでしょうかね。

石神の丘美術館の下付近にあります。

岩手町の銭湯:観音湯

岩手町の銭湯:観音湯
観音湯
町で営業している銭湯です。
今はこの「観音湯」さん
だけになりました。

今年の冬は、冷え上がって自家水道が出なくなって
利用しました。
助かりました。

高校生の頃にクラブ活動などで
遅くなった時は、湯に入ってから
家に帰った時もありました。

昔を思い出しながら入るのも良いものです。
子供に銭湯というものを教えるの良いかもしれませんね。

昭和26年生まれ:風呂の水くみ

風呂の水汲み
風呂の水くみ

小学生も3年位になると、風呂の水くみが
オラの仕事になっていた。

毎日風呂の水を取りかえるわけではないが
遊び過ぎたりして、忘れると
怒られたものだ。

バケツ二つに水を汲んで風呂小屋まで運ぶのだが
これが重い。
腕が抜けるかと思うほどだった。

さらに大変なのが、
風呂桶にバケツを持ちあげて
水を入れる時だ。

へっちょはいたもんだね。



青い目の人形メリーーちゃん

青い目の人形メリーちゃん
青い目の人形メリーちゃん

アタイの名はメリー
青い目の人形メリーって云うの

少しなまってるって
そりゃそうだよ、アタイは、ここさ来て
もう、80年以上になるんだもの

沼宮内小学校さ来たのは昭和2年頃だったかな
日米親善だということでね
沢山の人形がアメリカから渡って来たのよ

アタイの事は校長先生が講堂に、みんなを集めて
紹介してけだの

子供らは、みんなビックリしてね
だってさ、髪の毛は黄色いし
目は青いいんだもん

そしてね、抱かれると
「ママー、ママーッ」
て泣くのよ

みんなして、可愛がって
話しかけてけでね

だから、アタイはさ、オメさんがたの
しゃべるのがわかるんだよ

アタイの悲しかったのは
日本とアメリカが戦争した時だよ

敵の人形だから
「捨てろ、壊せ、燃やせ」
て、毎日言われてさ

おっかなかった
なんじょになるかと思ってらった

それでね誰かが隠してけだのさ
だども、そのまんま忘れてしまったの

一所懸命叫んでたのよ
「誰か、誰かアタイを見つけて」

昭和40年頃だったかな
元気のいい女の子が
奥の部屋に遊びにきたの

「あんりゃ、可愛い人形だこと」
って、手に取ってけだの
でも、元にかえされてね

そして平成になったある日にね
その女の子が大人になって
思いだしてけだの

「私、小学校で青い目の人形を見たよ」

それで、お婆さん達と一緒になって
捜してけだのよ

「あったー、いたよ。メリーちゃんだ」
「本当だ、メリーちゃんだよ」
「良かった、生きてんだね」

お婆さんは、アタイが小学校に来た時の
子供達だったのよ

嬉しかった、覚えてたよその声
でもね、私もお婆さんになって、もう

「ママーッ」
って、泣けないの
だって、50年も一人でいたんだもの

それからはさ、体を洗ったり新しい着物を
着せてくれたりしてけでさ
もう、大変

ありがとう、うれしい
毎日友達に会えるし話しかけてくれる

小学校はいいな
毎年新しい友達がきてくれる

ひな祭りには祝ってくれる
歌を歌い話しかけてくれる

ずっとずっとここにいたいよ
お婆さん達も来てね
だって、友達だもん

消えた村の祠

村の神社の祭り
消えた村の祠

此処は、村で一番の神社だったよな
鳥居があってさ、祠の前には広場があってさ

鳥居が倒れているな
祠も無くなってる

祭りの時は、村の人が集まってきて
ムシロを敷いてな
酒を飲み、歌を歌ってたな

次から次と手拍子が出てな
賑やかな声が、山に響いたよな

親父も、手ぬぐいをホッカムリして
踊ってな、オラも一緒になって踊ったよ

面白かったな
他の子も、自分の父ちゃんのとこへ行ったりして
走りまわってたな

楽しかったな
目をつむれば見えるかな

ああ、見える見える
みんな、酒びん持って集まってきたよ

婆ちゃん達も、ごっちょ作って
鍋もってきたよ

笑ってる、笑ってる
腹抱えて、おもしれえな

ありゃ、オメさん帰って来たのか
ここさ座れじゃ、まんず一杯飲め、ほら

いつの間にかオメも、いい親父になったな
良く帰ってきた、待ってたじゃ

ほーりゃ、婆さまが焼いた田楽だ
食え、うんめーぞ

ああ、見える見える
聞こえる、聞こえる
匂う匂う、いいかまりっこだ
何ともいえねえじゃ

囲まれてる、挟まれている
酔いが回ってきたな
よーし、歌うか、踊るか

楽しいな、愉快だな
何時までもこうしていたいな




年取って良い事あったよ

年を取って良いこともあったよ
老いて学ぶ
この本は、大分前に読んだんだが
すっかり忘れてな、
新鮮だ
面白くて、夢中になって読んだよ

Yさんでした
70歳、まだ元気に仕事してます。

私もその本読んだことありますよ。
何か、もう一度読みたくなりましたね。

ピーマン病害虫対策の講習会

ピーマン病害虫対策講習会
3月26日、新岩手農協(岩手中央支所)で、
ピーマン生産者に対して
病害虫等についての講習会があり参加しました。
ピーマン講習3
岩手町のピーマン生産者が参加してます。
八幡平農業普及センターの担当者の説明に聞き入ります。
ピーマン講習2

ピーマン講習1
みなさん熱心ですよね。
今年も良いピーマンが沢山出来るでしょう。

岩手町産直道の駅:今日も元気

道の駅の産直です。

今朝の気温は-6℃、相変わらず寒い朝でした。
少しですが、産直へ行きます。

「おはようございます」
値段を付けました。
3月27日野菜
大根菜です。大根特有の匂いが薫ります。

惣菜コーナー、たくさん準備してますね。
惣菜コーナー
作りたてを持って来ました。お昼に食べてくなんせ。
加工の惣菜
日曜も無しに良く働きますよね。
これ終わったら、野菜野菜作りをするんですか。

こちらはレジです。
「いらっしゃいませ、ありがとうございます」
レジ
「またのお越しをお待ちしてます」

準備室では会話が弾んでますね。
生産者
野菜の種の話ですか。
もう、撒いたんですか。
「あたりまえでしょう、もう、3月下旬だよ」
「はい、分かりました」

無くなった家

消えた家
無くなった家
ここに、ユウ君の家があったんだよな
よく遊んだよな

相撲とったり、鬼ごっこに隠れんぼ
楽しかったな

庭も畑も無くなってる
何処へ行ってしまったんだろう

ユウ君も、小母ちゃんも
何処にいるんだろう、会いたいな

古い墓がある
誰か来て拝んでるんだろか

目をつむれば見えるかな
ああ、見える、見える

ユウ君、いたのかい
久しぶりだね、変わってないな
良かった

さあ、隠れんぼしよう
じゃんけんだ、
よし、ユウ君が鬼だ

もういいよったら、来るんだよ

もういいよ、
もういいよ・・・

僕は此処にいるよ
ユウ君



昭和26年生まれの見た物:フラフープ

フラフープ
フラフープ
小学校の3~4年頃だと思うんだが、
フラフープが流行りだしたんですね。
主に女の子が盛んにやってました。
男の子は、遠くで眺めていたわけですが
同じような形と言う事で、大きな樽の輪っぱを
外して遊び、家の人の叱られたりしてました。
私は、上手に回せませんでした。
どうも、タイミングが合わなくてですね。
すぐ下がるんですよ。

岩手町は彫刻のある町:馬

今回は、この彫刻です。
馬の頭と言うか、顔と言うか、迫力があります。
馬
岩手警察署の近くにあります。
いつも通る度に、目をやります。

木のバットとツギ布のボールで野球

木のバットにツギのボール
木のバットとツギ布のボールで野球

昭和30年代は、この村にも大勢の子どもがいた。
子供らは、学校から帰ると色んな遊びをした。

「タケ、何してるんだ」
「バットや、削ってるんだ」
「すぐぇな、振らして」
「ああ、いいよ」
「重いな・・これ」
「生の木だからな」

当時は、親から、物を買って貰えなかったし
子供達も、物をねだる事は少なかった。
大概は自分たちで、見よう見まねで作ったのである。

「おーい、野球するべ」
と、声をかけると、誘いあって子供らが集まってくる。
周りが木々とヤブに囲まれた、小さな広場である。

人数によって、ベースは三角になったりする。
チームは、集まった中で同学年同士とか、
近い年令の者同士がじゃんけんをして決める。

ボールは布切れを重ねて縫い合わせた物だから
グローブなどはいらない、素手で大丈夫である。

アンパイヤは、打つ方がやるが、いない時も
あるから、お互いしゃべりながらやる。

「タケ、良い球投げろじゃ」
「よーし、今度はストライクだ」

こうして、打ったり走ったりする。
小さい子も遊びながらルールを覚えていくのだ。
そして、次の年になると、同じような口をきくようになるのである。

木のバットは、重くて振るのが大変だった。

布切れのボールは、キヌマルと呼んでいた。
打っても、そんなに飛ばない。
途中から、速度が落ちたりするのだっだ。

フライが上がると、取られる率が高くなるから
「転がせー」
とか
「当てていけー」
と、叫んでいた。

それでも、力のある子が遠くに飛ばしたり
フャウルで、ササ藪に打ったりすると、
ボール拾いとなった。

2個くらいは、持ってきていたが、
連続して藪に入ると、みんなでボール探しをした。
前に無くしたボールをみつけると
大喜びをしたものだ。

野球の上手な子は少なくエラーが多かったが、
その分ワーワー行って楽しく盛り上がって、暗くなるまで熱中した。

日曜などは、9回での終了はなく、スコアの回は延々と続いた。
点数も、35対24とかなったりしたが、
「よし、この回に点数入れて逆転だ」
などと、言ってバットを握ったものである。

小さい子、大きい子の学年のへだたりはなく、
みんなが、名前を呼び捨てにして、叫んでいた。

50年前の広場は、木々が生えて森になった。
あの広場で叫んだ声が、聞こえてくるようだ。

もう一度、聞きたいと木々が言ってるようだが、
子供たちがいないのである。




昭和26年生まれの見たもの:のらくろの漫画

のらくろ
小学校入った位の時だと思うが、
薄い色のついた漫画本があって、
借りて読んだ。
中身は良く分からなかったが、犬の絵が
面白かったのを覚えている。

岩手町道の駅:今日の産直

今朝は、少し暖かいですね。
ハウス前の雪をどかします。
ハウス前の除雪
本日の野菜です。
野菜大根菜
産直に行きますと、工芸のTさんに会いました。
何作って来ました。
工芸 
「ひょうたんの置物だ」

中をくりぬくのに技術がいるんだ、
うちの親父たちは、これに酒を入れてな
飲んだもんだよ。

まんず、見てやってくなんせ。
工芸 ひょうたん
工芸 ひょうたん2
Tさんの、作品コーナーです。
他に、馬がソリで丸太を運ぶ民芸品も
あります。

本日の店内を見ると
ありました。
いちご
いちごですね。
生産者は、若い人です。
頑張ってますね。
甘い香りが漂ってきます。




岩手町は彫刻のある町

今回の紹介は、この彫刻です。
彫刻2
何やら不思議な感じですね。
ゲゲゲのキタロウの世界に
吸い込まれそうですね。

彫刻公園にあります。

昔あった道

消えた道
昔あった道

昔、歩いた道がなくなっている
この先は、ササの藪になってしまったな

もう、誰も歩いて行けないな
この先には、栗の木があってな
村のみんなが拾いに来たんだよな

何もないな、栗の木もないな
消えてしまったな

静かなもんだ
目をつむれば見えてくるかな

ああ、見える見える
栗拾いをしている

腰にカゴさげて
棒を持って拾っている

ありゃ、婆さんもいるじゃ
袋さ一杯入れたな

風が吹いた後は
落ちてんだよな

今夜は、栗を煮て
腹いっぱい食えるな

昭和26年のサンフランシスコ講和条約

サンフランシスコ講和条約の日
昭和26年9月8日
サンフランシスコ講和条約が調印された。
これにより日本は独立を回復したのである。

とっくに亡くなられた方であるが、
この9月8日が来ると、必ずのように
話すのは、この事だった。

敗戦国日本は、自分の国の日の丸を
掲げる事が出来なかった。

日本人として、胸を張ることのできない
情けなく、辛く、さみしい思いをしてきた。

講和条約の締結により、晴れて日の丸の旗を
外に掲げる事が出来たのだと。

どんなに嬉しかったことか。
この日をどんなに待ち望んでいたのかと。

日本中が、日の丸を掲げた年に、
私は生まれたのである。


産直道の駅:野菜を出します

今日は、昼近くになってしまいますた。
申し訳ないです。
ここは、私のコンテナカゴです。
宜しくどうぞ。
今日の野菜 大根菜

他の人を見ますか。
キャベツの袋入り
キャベツの袋入りですか。
産直ならではの出し方ですね。

リンゴ、王林ですね。
王林
やわらかくて、ほんのり甘みと香りのある
りんごですよね。
今頃出るのは珍しいですね。

しいたけです
011.jpg
この寒さの中、上手に育てましたね。
何て云うんでしたっけ、この傘が割れるの。

製材所から木っ端を貰う

同級生の製材所に木っ端を
貰いに行って来ました。
木端置き場

今年は寒くて、結構薪を使ってしまったのです。
これで、しばらく補えます。
ストーブ
まあ、とりあえずこれで、
湯が沸いたらコーヒーでも入れますか。

Appendix

プロフィール

大坊峠のツッチー

Author:大坊峠のツッチー
岩手県は北緯40°に位置する岩手町から地域の情報を発信します。山里で農業を営み、昭和26年生まれの人生と、方言による創作小話・童話を綴ります。尚、作品は著作権とし、無断使用はお断りします。

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